梅村みずほ氏(1978年9月10日生まれ)は、日本の政治家であり元フリーアナウンサー・タレントである。2019年の第25回参議院通常選挙で日本維新の会公認の新人候補として大阪府選挙区から立候補し、729,818票を獲得して初当選した(改選数4名中トップ当選)¹ ²。現在まで当選1回、在職期間は2019年7月から継続中である。
参議院では当選後、文教科学委員や法務委員などを務めた³。党歴としては、当選時から2025年4月まで日本維新の会に属し、党内では教育や家族政策に注力する若手議員として頭角を現した。
2022年8月には松井一郎代表の後任を決める維新代表選に立候補し、全国的知名度のない新人ながら積極果敢に政策を訴えたものの、馬場伸幸氏に敗れている(馬場氏8,527票、梅村氏1,140票)⁴。その後も積極的に国会論戦に参加していたが、2023年5月12日・16日に入管施設で死亡した被収容者(ウィシュマさん)をめぐる国会発言が事実に基づかない不適切発言として批判を浴び、党から6か月の党員資格停止処分を受けるという試練も経験した⁵。
2025年夏の参院選に向けては大阪選挙区で2期目を目指し党公認を目指していたが、党内予備選で敗れ公認を得られなかったため、同年4月16日に維新に離党届を提出し、4月27日付で正式に離党した⁶。離党に際して梅村氏は「党のガバナンス不全」を理由に挙げ⁷、無所属議員となった後は一人会派「令月会」を結成して活動していたが、2025年6月28日に参政党への入党が発表された⁷。
愛知県名古屋市に生まれ、愛媛・山口・滋賀・富山と各地で育った梅村氏は、富山県立呉羽高等学校、立命館大学文学部を卒業後、2001年に旅行会社JTBに就職した経歴を持つ⁸。2003年にアナウンサーへ転身し、大阪・京都を拠点にリポーターやキャスターとして活躍、さらに2017年からは「話し方教室」を運営しコミュニケーション講師を務めるなど、多様な職歴を積んできた⁸。
プライベートでは2児の母であり、子育て中の一般市民の目線から政治参加を決意したと述べている⁹。こうした背景から、政治家としては子ども・教育分野や家庭問題への関心が強く、「お母さん目線の政治」「子どもたちが安心して暮らせる日本」を掲げているのが特徴である。
本レポートでは、2015年から2025年6月までのインターネット等で確認可能な梅村みずほ議員の政治活動実績を総覧し、有権者が同氏の歩みとスタンスを立体的に理解できるよう分析する。選挙公約の内容と国会活動の実績、立法への関与、発言傾向、党内外での役割、政治資金や諸問題、さらにはSNSでの情報発信まで、事実に基づき網羅的に記述する。
梅村氏の政治家像を、華やかな経歴だけでなく具体的な政策行動とその成果・課題を交えて描写し、有権者の適切な評価に資する包括的資料とすることを目的とする。
梅村みずほ氏が掲げた最新の選挙公約を振り返ると、その核には一貫して「子育て・教育支援」が据えられている。初当選を果たした2019年参院選(令和元年7月)の選挙公報では、スローガンとして「子どもたちが安心して暮らせる日本を作る」と明示し、自らも「7歳と5歳の子を育てる母親の目線」で政治に挑む決意を語っていた⁹。
公報やマニフェストから浮かび上がる政策の柱は大きく三点に整理できる。
第一に掲げたのが教育の無償化と充実である。梅村氏は「子どもたちの未来は日本の未来」という理念の下、幼児教育から大学まであらゆる教育段階の学費を無償化することを訴えた¹⁰。
特に経済的理由で進学を諦める子どもがないよう、所得制限を撤廃して完全無償化を実現すべきだと主張し、教育予算をGDP比で先進国並み(つまり倍増規模)に引き上げる目標も示した¹¹。
併せて、保育士の待遇改善も約束に盛り込まれた一つだ。官民で賃金格差がある保育士の給与を是正し、現場の処遇を改善することで安心して子どもを預けられる環境を整えると訴えている¹²。
実際、梅村氏自身が子育て当事者であることから、待機児童問題や保育の質向上にも強い関心を示しており、「今こそお母さん目線の政治が必要」と繰り返しアピールしていた⁹。公約のキーワード上位にも「子ども」「教育」「無償化」「保育」といった語が並び、教育費負担の軽減と子育て支援が最優先課題であったことが窺える。